フューチャー・デザインで描く農業の気候変動適応ビジョン

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フューチャー・デザインで描く農業の気候変動適応ビジョン

異なる立場の人たちでビジョンを描く試み

本企画主担当 : 研究員/日本学術振興会特別研究員 一原 雅子
執筆担当 : 技術補佐員 瀬戸真由美

フューチャー・デザイン導入の経緯ついて

京都府、京都市、総合地球環境学研究所(地球研)が合同で2021年7月に設置した京都気候変動適応センター(Kyoto Climate Change Adaptation Center, KCCAC)では、同年度、京都で特に気候変動の影響を受けていると考えられる5つの分野(暑熱・熱中症、水稲、庭園・景観、お茶、獣害)について調査し、その中から、とくに暑熱・熱中症と農業(水稲)に焦点を当て、それぞれの京都における影響経路の分析をさらに深めたうえで、将来予測される気候変動や社会変化に対する適応策のあり方を探求してきました。

その中で見えてきたことは、それぞれの分野で受ける気候変動の影響も、それらに対して取りうる適応策も、互いに独立ではないこと、そして、それらは、気候変動以外の社会や環境の変化やその影響も含めて複雑に絡み合っていることでした。例えば、気候変動が進む京都の農業の将来を考えるとき、「高温に強い品種の作物を導入する」というだけでは十分な適応策とは言えないでしょう。将来の、農作業の担い手、農地、流通経路などはもちろん、人口や経済状況等も含めて考え、当事者の声も反映しながら、地域社会として持続的である条件を合わせて考えていく必要があることがわかったのです。しかし、いわゆる農業の従事者や専門家の意見だけを聞いても長期的な適応策を作ることは難しいかもしれません。かといって、これまで話をしたこともないような、様々な分野や立場の人同士が一緒に議論し、適応策を考え、作り上げることが果たしてできるのか…。私たちは、大きな問題にぶつかりました。

そこで2023年は、「気候変動下の京都の農業」について、農業関係者、行政担当者、研究者という異なる立場の三者が、互いの視点の違いを前提としつつ対等(フラット)に情報や知見を共有し、将来ビジョンを作り上げていくことを、ひとつの大きな目標にしました。そして、そのビジョンが長期的な観点からクリエイティブかつ地に足の着いたビジョンとなるように、フューチャー・デザイン(Future Design, FD)という手法を採用しました。2023年3月から2024年5月にかけて、私たちは、準備会、意見交換会、ワークショップを含む全8回の討議の場を農業関係者、行政担当者、研究者の三者合同で行ってきました。

準備会を1回。専門家の知見や農業関係者の実情を共有する場としての意見交換会を4回。フューチャー・デザインで未来ビジョンを描くワークショップを3回実施しました

フューチャー・デザイン(FD)だからこそ共に描ける未来

私たちが通常未来を構想するとき、私たちは、今現在に足をつけて、未来を見つめています。ですが、FDによって描く未来は、現代を生きる私達が数十年後の未来に身を置き「仮想将来世代(未来人)」の立場で、未来を生き、対話します。その視点から見える社会のデザインは、「今」から見える視点と違う世界が見えてくるのです。実際のワークショップでは、30年前の自分自身や当時の社会背景をふりかえり、当時の自分や過去世代の人々に、感謝・文句・無関心といった評価を含むメッセージを送るパスト・デザインを実施したのち、この行為を未来に並行移動することで、未来人の思考に切り替わりやすくするという手法をとっています。

時間軸の中で、どこの立場(時代)に立ち、どこの時代を見るかが大切なポイントです

「自分たちで解決できる」可能性と手ごたえを感じた未来ビジョン

担い手の高齢化により、後継者不足が叫ばれる農業。さらに、昨今の豪雨、高温による収量の減少や品質の劣化は収入減のリスクにも直結します。一方で、テクノロジーの開発は進み、AIやドローンを用いた農業の近未来や、野菜工場による生産もひとつの選択肢となりつつあります。

あるグループでは、最初、「リスクの高い露地裁倍は大幅に縮小し、殆どの農家は、工場主のようになって、工場で野菜を生産している」というビジョンを描いていました。「野菜の生育状況は、AIが管理するので、農業の知識がなくても参入できる」という、異常気象によるリスクと後継者不足の両方を解決したビジョンでした。しかし、同じグループの参加者が「それって、楽しいんかな?」と問いかけると、農業を営む参加者が「それなら、農家やりたくないな」と2053年を生きる未来人の一人として、その心境を吐露してくれました。そして、「農業の楽しさは、太陽や土を相手に、野菜の顔色をみて、その中で自分の才覚を思いっきり発揮することが楽しみのひとつだよね」ということに気が付き、「では、激しい気候変動の中で、露地裁倍が生き残るためには、どうしたらいいだろう」という議論に進展していきました。

ここでの大きなポイントは、参加者がフューチャー・デザインのプロセスの中で、2053年の景色を共有し、2053年を生きる未来人の気持ちになってビジョンを描き、そのために必要な道筋を描き始めたという点です。

そこで描かれ始めたビジョンは、深刻化する気候変動による影響を逆手にとり、人々はより個々人のウェルビーイングや仕事の「やりがい」といった本質を核に据えた根本的な社会改革を実現させた未来でした。大きな不確実性を前に、人々は従来路線の延長ではない方法を模索し「まずはやってみる」という挑戦をしていきます。5つのグループがそれぞれに描いた未来ビジョンから、私たちは気候変動における京都の農業の適応策をまとめています。

フューチャー・デザインをするグループワークの際、未来人としての役割を演じるために法被などの目に見える服飾品等を「装置」として着用。着用時は2053年、脱いだら2024年です