KCCACメンバーコラム

気候変動適応は地球環境保全? 23.3.24

 みなさまこんにちは、KCCAC事務局メンバーの一原です。

 私は法律を勉強してきたので、今日はまず、気候変動適応という概念がこれまでの環境法体系の中でどのように位置づけられているのかについて、皆様に紹介しようと思います。

そのあとあらためて、適応という取り組みが、これまで環境問題として法的に問題とされてきた事柄とどう異なるのか、考えてみたいと思います。

 

【環境法体系のなかで、気候変動適応はどう位置づけられているの?】

 環境に関する法律は多数ありますが、全体を統括するような基本法として「環境基本法」という法律があります。まず1条で「この法律は、環境の保全について、基本理念を定め・・・」と法の目的を明記し、続く2条2項で、地球環境保全についての定義を示しています。ここは、以下のような条文になっています。

「この法律において「地球環境保全」とは、人の活動による地球全体の温暖化又はオゾン層の破壊の進行、海洋の汚染、野生生物の種の減少その他の地球の全体又はその広範な部分の環境に影響を及ぼす事態に係る環境の保全であって、人類の福祉に貢献するとともに国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するものをいう。」

 

 言葉ぶりがやや堅苦しい感はありますが、私なりにわかりやすく言い換えると、

「①人の活動によって、②地球全体の環境に負荷がかかるような事態から環境を保全することであって、③その保全活動が人々の福祉や、生活の質を確保するもの」と、3つの要件に分けて考えることができるかと思います。環境省総合環境政策局総務課編著『環境基本法の解説』(ぎょうせい、2002年)も、同様の理解に立っているようです。

 

 さて、気候変動適応はこれにあたるのでしょうか。まず①と③については問題なさそうですね。では②はどうでしょうか。「地球全体の環境に負荷がかかるような事態」として、人間活動に起因する気候変動が挙げられます。これに適応することは、「環境を保全する」といえるのか?ここが問題になります。

 では、2018年に制定された気候変動適応法では、適応をどのように定義づけているのでしょうか。同法の逐条解説(環境省、2018年)では、気候変動適応とは「気候変動の影響に対応して、被害を防止、軽減し、生活や社会、経済などを安定させ、健全な発展を図ることや、自然環境の保全を図ること」と定義されています。同時に、「環境の保全」という概念について、環境基本法上明確な定義はないものの、「包括的な概念として、環境の汚染・改変のみならず、環境の汚染や改変による被害の防止・軽減やそれに対する修復、さらには良好な環境の創出なども含む広い概念として考えられている」と説明し、「環境の保全」の概念を拡げています(逐条解説7頁)。

 そのうえで、「(地球環境保全にいう)『地球全体又はその広範な部分の環境に影響を及ぼす事態に係る環境の保全』とは『環境の保全』の解釈と併せて考えると、地球規模での環境の汚染や改変により、生活、社会、経済および自然環境に係る被害が発生することを防止すること(下線は筆者)も含まれるものと考えられる。」と説明しています(逐条解説8頁)。

そして、この下線部分をもって「適応」の概念にあたるというような説明になっています。

 

 みなさん、この説明を読んでどんな印象を持たれたでしょうか?

 私はこの説明を初めて読んだときに、気候変動適応のような事態は、環境基本法制定時にはそもそも想定されていなかったことを改めて感じました。同法が想定しているのは、基本的には環境が悪化することを防ぐことで、「保全」という語義から出てくる意味合いも、この文脈で理解されます。気候変動適応は、少なくとも法律の観点からは、従来環境問題と考えらえてきた概念の枠内におさまりきらない新規性をもつ事柄なのだと思われます。

 

【新しい環境問題?気候変動適応の特色】

 ではこの適応という概念、なにが新しいのでしょうか。本項では、適応と対置される「緩和」の概念と比較しながら、その違いの一部について、私が日々の仕事の中で感じてきたことを3つ、お伝えしようと思います。

 

適応の特色①:ゴールは多様!

 第1に、緩和の取り組みでは、やるべきことは明確かつシンプルです。

そう、「温室効果ガスを減らして温暖化を遅らせる、または止める」ですよね。

それでは、適応って、何をしたらいいのでしょうか?

もう一度、適応の意味に立ち戻って考えましょう。「気候変動の影響に対応して、被害を防止、軽減し、生活や社会、経済などを安定させ、健全な発展を図ることや、自然環境の保全を図ること」でした。

 「影響に対応する」にしても、「生活や社会、経済などを安定させ、健全な発展を図ること」にしても、複数のやり方があるでしょう。海に面する地域であれば、海面上昇や沿岸浸水にどう対処するのかが急務でしょうし、私たちが暮らす京都で、仮に観光に着目するなら、夏の酷暑が祇園祭に与える影響にどう対処するか、なども重要な問題になりますね。

必要な適応が何であるかは、その地域や分野の特徴に応じて、考えるべき要素の比重が変わってきます。つまり、適応は、答えが1つではないし、明確でもないのです。

だからこそ、地域にくらす人々が主導して、自分たちが目指すゴールを皆で話し合い、決定していく必要があると思います。

 

 

適応の特色②:実は慣れ親しんでいる?!

 第2に、長い歴史を歩んできた私たち人類は、これまで幾度となくこの「適応」を繰り返してきています。ここは「緩和」と大きく異なる点です。

 気候変動という要素を切り離して「適応」の意味を広辞苑で調べてみると、意味の1つに

「生物の形態・習性などの形質が、その環境で生活・繁殖するのに適合していること。主に遺伝的な変化についていうが、そうでないものがあり、狭義には後者を順応と呼んで区別することがある。応化」というものがあると書かれています。

 このコラムを執筆している3月下旬、京都では時に初夏のような陽気の日も出てくる一方、季節が逆戻りしたような寒い日もあります。仕事の合間をみつけて衣替えをするのですが、冬服をしまい切らずにおいて、その日その日の天気予報を見ながら何を着るかを考えます。このような衣服の調整も実はひとつの適応です。寒い北海道とここ京都で家の造りが異なることなども、そうかもしれません。その意味で、適応という概念は、もしかすると私たちにはずっと身近なものかもしれませんね。

 

適応の特徴③:即時の対応か、長期的な変革か

 適応という概念は、3つの種類があるとされます(参考図書として、肱岡靖明(2021)

「気候変動への『適応』を考える:不確実な未来への備え」(丸善出版))。

  • 即時的適応:影響の効果に即座に対応できるような対応

(例:干ばつで枯れてしまった農作物を植えなおす)

  • 増分的適応:将来、同じような影響が来る場合に備えて、状況を幾分改善する

     (例:水田や畑の水管理の仕方を改善する)

  • 変革的適応:影響をもたらしている社会のシステムや在り方を根本的にみなおす

     (例:農地や農業そのものの在り方を、社会全体の中で再考する)

 

 それぞれに長所と限界があります。たとえば、即座に効果が必要な場合には①の方法が適していますし、コストも比較的少なくすみます。他方で、根本的な問題の解決にとりくもうとすると、③の方法を選ぶべきということになります。同時に、①や②に比べると、何が在るべき変革的適応なのか、具体的にどう取り組むのか、まだまだ不明確な要素がたくさんあります。

 ただ、問題の根本に取り組まなければ、解決を先送りするだけでなく、時が過ぎるに従い気候変動が進んで、状況が悪化し、よりよい社会に向かう適応のための選択肢が狭まってしまう可能性も小さくないところです。

 KCCACは、この③変革的適応の分野についても視野に入れながら、取り組みを進めています。

 (京都北部の田の風景(一原撮影))

 

【総括:京都と気候変動適応】

 以上、気候変動適応の法的な位置付けから説き起こしつつ、その特徴について3点を指摘しました。これから自分たちが暮らしていく環境がどのようにあるべきか、適応の問題はその意味で、必ずしも気候変動への対応だけを切り取って考えるだけでは十分ではないという奥深さを持っています。しかしながら、それは同時に、自分たちが暮らす環境を、自分たちでデザインしようという意味合いを持っているともいえるのです。

 長い歴史を持つ京都は、多様な環境の変化を経験し、そのなかで人々がその変化に巧みに適応しながらも、多様な文化を育んできた地です。私が何より素晴らしいと常々感じるのは、その経緯の中で到達した今の京都には、伝統を大切にしつつも、新しい風を積極的に取り込む機運もまた溢れていることです。それは、多様なイノベーションを生み出す企業においても、学生文化の中にもみられます。ここ京都で適応という事柄に取り組むことは、意義深いことであるように思います。