KCCACメンバーコラム

気候変動と里山の生きものたち 2022.11.11

京都府 府民環境部 脱炭素社会推進課 小田嶋 成徳

 

 はじめまして、京都気候変動適応センター(KCCAC)事務局の一員で、京都府庁の脱炭素社会推進課におります小田嶋と申します。
 メンバーコラム第2弾、今回のテーマは「気候変動と里山の生きものたち」です。

 

 ご存知のとおり気候変動は我々の生活に様々な形で影響しているわけですが、影響は人間だけではなく、もちろん他の生きものたちにも及んでいます。
ここでは、いわゆる「里山」に住む生きものたちが気候変動でどのような影響を受けているのかをお話ししたいと思います。

 

 「里山」というのは、人里に近い山で、人が様々な形で利用してきたことによって形づくられてきた環境のことです。昔の人は今よりもずっと深く山と関わっていました。人は山で木や竹を切って建材や道具を作り、枯れ枝や落ち葉を拾って燃料や肥料とし、山菜や木の実を集め、動物を狩り、そうして日々の生活を営んでいました。人々は様々な形で山を利用し、恩恵を受けながら暮らしていたのです。
昔話に出てくる人たちのことを思い出してみてください。「桃太郎」のおじいさんは「山へ柴刈り」に出かけます。この「柴」は、主に薪(燃料)として使っていた小さな雑木のことで、芝生の「芝」(草)ではありません。
 また、「竹取物語」のおじいさん(竹取の翁)は「竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり」とされています。おそらく竹カゴや竹竿を作ったりして生計を立てていたのでしょう。おじいさんが光り輝くかぐや姫を見つけたのもそうして竹を切っているときのことでした。
他にも、「おむすびころりん」のおじいさんは山で木の枝を切っているときにおむすびを落としています。「カチカチ山」の狸も、柴刈りで集めた柴を背負っているところで、ウサギに火をつけられてしまいます。例を挙げればキリがないほど、昔話には里山での暮らしぶりが様々な形で映し出されています。
 今の子供たちは、桃太郎のおじいさんは「芝」を刈っていると思ってしまいますし、なぜ竹取の翁が竹を切っているのか想像もできないので、いちいち教えてあげなければなりません。やはり人と山が離れてしまっているのですね。

 

 さて、人がそうして長年にわたって出入りし利用していた里山では、地域ごとに独特の生態系が形成されてきました。里山では人がいつも木を切ったり落ち葉を拾ったりしているので、人の手が入りにくい奥山(深山)と比べると、林の中は比較的広くて明るい環境が保たれています。そのため、例えばオオムラサキやノウサギ、カタクリ、キキョウなどのように、開けた明るい環境を好む生きものが多く暮らしています。
 特に京都は1000年以上にわたって都があったことから、周辺の山々は非常に古くから人々が利用してきました。芦生(南丹市美山町)の原生林のようなごく一部の例外を除けば、ほとんど全ての山が人の手の入った里山になっています。

里山の絶滅危惧種「ベニバナヤマシャクヤク」

 

 ところが、高度経済成長期を境に人々のライフスタイルが大きく変わり、人は里山を利用することがなくなっていきました。木や竹のかわりにプラスチック製品が使われるようになり、燃料には薪ではなく石炭・石油やガスが、肥料には落ち葉ではなく人工の化学肥料が使われるようになったので、人々はわざわざ山に入っていかなくなってしまったのです。

 

 人が入らなくなると、山の環境は大きく変わっていきます。日本は基本的に暖かく雨が多い気候なので、人が木を切ったり落ち葉を拾ったりしなくなると、じきに木や下草が生い茂るようになり、林内は鬱蒼とした暗い環境に変わっていきます。そうなると、明るい開けた環境を好む生きものは住みにくくなり、そのうちに姿を消してしまうのです。
 長い間、人の手によって維持されてきた里山。その環境に対して、やはり長い時間をかけて「適応」してきた生きものたち。数百年から千年以上もかけて形作られてきた独特の生態系が、いま多くの地域で失われようとしています。童謡でも歌われているアキアカネ(いわゆる「赤とんぼ」)やメダカといった生きものは、かつて里山でごく普通に見られる生きものでしたが、今や絶滅危惧種となってしまいました。

 

 この里山の生態系の危機に、さらに追い打ちをかけているのが気候変動です。
 豪雨や台風による土砂崩れは、希少な里山の植物たちの自生地を根こそぎ押し流し、全滅させてしまいます。そうなると、植物だけでなく、その植物を食べたり住みかにしたりしている動物も一緒に消えてしまうことになり、影響は生態系全体に及ぶのです。

災害による土砂崩れと倒木により、植物群落が全滅した

 

 また、近年はシカやイノシシ、クマといった野生鳥獣が森林の生態系に大きな影響を与えていますが、こうした獣害が増えているのも気候変動が一因であるという説があります。温暖化で動物が冬を越しやすくなったこと、雪が積もらなくなったことで動物の移動範囲が広がったことなどが、気候変動に関連する影響と言われています(なお気候変動以外の原因としては、狩猟者の減少や、動物の隠れ家となる耕作放棄地が増加していることなどがあるようです)。
 動物の中でも特にシカによる被害は凄まじく、森林内の木の若芽や下草を根こそぎ食べ尽くしてしまうことさえあります。以前私は生態系の保全に関わる部署にいたのですが、絶滅危惧種の植物の貴重な自生地がシカによってほとんど全滅させられてしまった衝撃的な光景を何度も目にしました。現在レッドリストに載っている絶滅危惧種の植物には、シカによる食害を受けて個体数が激減してしまったものも多く含まれています。
 希少種への被害だけではありません。林内の下草が食べ尽くされてしまうと、森林の保水力は大きく低下してしまいます。最近の洪水や土砂災害の増加は、このような森林の保水力の低下も一因ではないかと言われています。

 

 こうした里山の環境の変化に対して、京都府内では各地で環境保全のための活動が行われています。
京都盆地周辺の山々(東山、北山、西山のいわゆる「三山」)は、古くから人が利用してきた里山です。かつては様々な種類の動植物が生息し、独特の生態系や景観を織り成していました。しかし、近年はやはり人の手が入らなくなったことや災害などのため、里山の生きものたちは数を減らし、住みかを奪われ、山の景観も変化してしまいました。そのため、多くの人々が希少種保全や景観整備のための活動を行い、里山の貴重な自然を取り戻そうと努力しています。
 皆さんの近くの里山でも、きっといろいろな活動が行われていると思います。もし興味があったら、ぜひ参加してみてください。昔話のように、里山を利用する暮らしは現代では難しいですが、まずは近くの里山での活動に参加することで、人と里山や自然との距離について考えてみてはいかがでしょうか。

シカが希少種の自生地に侵入するのを防ぐため、柵を設置している

 

(参考文献)
・京都府レッドデータブック2015(京都府、2015)
・京都府生物多様性地域戦略(京都府、2018)
・生物多様性国家戦略2012-2020(環境省、2012)
・京都の森と文化(京都伝統文化の森推進協議会(編)、2020)